冷えとりでぬくもり暮らし

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イモリとくつ下を愛する いろいろ手を出しながら ゆる~い冷えとり運営中

美人に憧れてもなれはしない、それでも自分を変えるのは楽しかった

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こんにちまる、なぺこです。

 

昨日髪を切ってきました。

結婚式のために胸下まで伸ばしていた髪を肩より短くして、10年ぶりくらいにデジタルパーマをしました。

その勢いのまま春物の服を買って、スニーカーも買って、久しぶりに自分のためだけに散財した1日!って感じでした。

 

今回は、私の容姿に対するコンプレックスとの付き合いのお話。

単なる長いつぶやきです。

お時間がある時にでも、よろしければ読んでいただけると嬉しいです(*‘∀‘)

 

 

美容院は周りの美人やイケメンく比べてしまう

 

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美容院に行くのはいつも緊張するし憂鬱。

そう言う人はたくさんいるけど、でもそうは言ってもきっとみんなは思ってるほど不釣り合いじゃない。少なくとも私よりは。

 

私の斜め右の席でスタイリストさんと今日の髪型について話している女性が見える。

髪が細くてクセが少なくて、柔らかそうな茶色の長い髪。

私が伸ばしてもあんな風にはならなかった。

華奢そうなスタイルと長くて細い指、声色。おとなしそうだけどコミュ力の高さを覗わせる会話。

 

あぁ~いいなぁ~~かわいいなぁ~~

という羨望にも似た気持ちの中、デジタルパーマの重い器具を頭にのっけたなんとも笑える残念状態の私はグッと時間が過ぎるのを待つのです(笑)

 

 

自分の見た目のためにお金をかけるのが得意ではない。

考えてる理想通りにはなった試しがないから。

髪もパーマをしたけど、やっぱり髪質がモデルさんとは全然違うから同じようなイメージにはならない。

美容院で読む雑誌で素敵だな!という服があっても自分には似合わなかったことも知っている。

自分にも似合うスタイルはこの年になってればある程度把握しているから、別にそんなに悲観はしていないんだけども。

でも、素敵と直感できた服や髪型が似合う美人になれたらよかったなとは、やっぱり思っている。

 

変な人に好かれないのはいいこと、いいことのはず

 

話は変わるが、職場に一定数の変なおじさんが来る。

女性店員とおしゃべりしたくてしょうがないような人たちだ。

 

お目当ての女性店員を店内で探して追いかけ何かと話しかける。おかげで忙しい時も仕事の妨害になってしょうがない。

家の近所で「この辺に住んでるんだね~」と声をかけられた人もいるという。(ストーカーではないと思う)

親切のつもりで物やお菓子を渡してくるようだが、怖すぎて後で処分されるのは当然。

 

別に若い子がいいというわけではなく、愛想が良くて話に付き合ってくれる人が好きみたいで、毎日、もしかしたら1日数回来ている常連だ。

別のお店でも同じようなことをしているのかもしれない。

男性店員には冷たいというか、男性店員の接客では被害妄想でクレームを何回もつけられているというのがありがちというかテンプレというか。

 

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私は昔からこういうおじさんに目をつけられたことがない。

営業スマイルはできる。基本いいお客さんには私も気持ちよく接している。

けど、不快だとか迷惑だとか、「敵」だと認識した時の突き放し感は自分でも怖いと思う(笑)言葉は慇懃無礼で張り付けたような目が笑っていない笑顔なのだろうなーって。

 

だがふと、そんな対応云々は関係なくて、単に顔面偏差値が低いからではないか?ということを思ってしまう私がいる。

決して、そんなおじさんに好かれたいわけでないのに、むしろ嫌われれば支障ないのに、

不審者予備軍(偏見)に『ハズレ』認定されてる?

そう思うと勝負もしていないのに負けたような気持ちになるのはなぜだろう。

 

コンプレックスを隠す予防線?

 

さらに過去に遡って幼稚園年長のころ。

今も存在しているのか知らないが、スカートめくりをして回る男子がクラスにいた。

女の子たちは全員キャーキャー逃げまどい、それを面白がってさらに執拗に追い掛け回す男子。

 

しかし私は頑として動じず言い放った。

「そうやって逃げるから調子に乗ってやるんだよ。相手にしなければいいんだよ」

なんとも可愛げのない子供である(笑)

 

変な意味で盛り上がっていた場の空気が一気に白けた。

面白くなくなったその男子生徒の

「もともとおまえのなんかめくらねーよ!このブス!」

という捨てセリフを無視して、

「ほらね」

なんて周りの女子に笑って見せた自分。

なぜかそのことをよく覚えている。

 

一見するとませた子供の一面みたいなものかもしれない。

でもその頃から私には自分の容姿に対するコンプレックスがあったのだ。

実際他の女の子たちと一緒にキャーキャー逃げなかったのは

「私みたいなブスが逃げたって元から相手の対象じゃないかもしれないのに、はずかしい」

という、スカートめくりに対する謎の気遣い的な気持ちがあったからだ。

 

かわいい子のスカートがめくりたい、かわいい子に嫌がらせをしたい。

お前なんかお呼びじゃない。

そういう意思をまともに浴びたらたまったもんじゃない。

 

だから相手にしない戦法でいくのだ。

同じ土俵には上がらない。

そのうえで「ブス」と言われようと、それは相手の負け惜しみ。ともとれる、はずだ。

一緒に逃げ回ったあげく

「もともとおまえのなんかめくらねーよ!このブス!」

と同じセリフを吐かれるよりは、はるかにダメージが小さい。

 

たぶんそんな流れを幼稚園児ながらに無意識に感じていたのだろうから、だいぶ強がっているなぁというか、なんというか。

 

払拭できないものはある、でも拗ねない自分の方が楽しい

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美人ということで目立つゆえに変な人や面倒なことに絡まれる可能性が増えるのなら、モブ顔ゆえにそういったことがないのは悪くない。

人間性や、態度をよくすれば容姿がそこそこでも好いてくれる人がいるということはこれまでの人生でわかっている。

 

ただ超絶美人に生まれたなら、もっと人と積極的に付き合えたかもしれない。

場の空気は和やかに、うまいあしらいができたかもしれない。

勘違い男を正々堂々なぎ倒し、捨てセリフにもいちいち傷つくことはないかもしれない。

そんな人生も体験してみたいと思う。

 

自他ともに認める美人、そう、自分でも自分を美人だと思っている人は行動に自信があってとてもカッコいいのだ。

「よし、そう思い込もう!」としてみても

他人が認めていない自称美人なんてただのナルシストじゃん…という声が頭の中にすぐ聞こえてきて思い込むこともできない。

 

コンプレックスの原因とかは思い当たる節がある。

が、原因を突き詰めてもたとえ解決できても、もう払拭できるものではないことってあると思う。

だってコンプレックスと共に成長してきちゃったのだ、これまでの人生。

仕方ないよ。私は一生自分を美人だと思うことはなさそうだし、完璧に満足いく形にはなれないと思う。

 

でも、昨日髪を切ってパーマをかけて服を買って、

天気が良くて歩いていたら、とても気分が良かったのです。

理想とは全然違っていても。

どうせ似合わないし…で気にかかっていることをそのまま放っておくより、どこか近づこうとしてみたり、試行錯誤してみる自分の方が楽しいなって思った。

ダメでもいいから動いてみる自分の方が好きだなって思った。

美容関係が家計の節約どころだったけど、もっとお金がかけられるようにお金が欲しいなって思った(笑)

 

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たぶん今日仕事に行ったら職場の人やお客さんに髪型のことを色々言われるんだろうな。

実はそれもちょっと憂鬱だ。

でも良い風に言ってもらえたら、謙遜しすぎてどもらないように

「ありがとうございます!」

って笑顔で言えるように今日は頑張ろうと思う。

それくらいは今日はできそうな気がする。

 

 

 特にオチもない話をここまで読んでくださりありがとうございました(*^^*)